2010年03月03日

夕張市 カジノ、産廃処分場…迷惑施設で起死回生?(毎日新聞)

 夕張市は26日、現行の財政再建計画を引き継ぐ財政再生計画案を市議会行政委員会に報告した。07年の財政破綻(はたん)以後、赤字返済は順調なものの、人口流出に歯止めは掛からず企業誘致も低調。産業廃棄物最終処分場の建設計画をめぐって市の判断が揺れるなど、マチ再生の行方は見えてこない。【鈴木勝一、高山純二】

 深い雪に覆われている工業団地「夕張緑陽団地」(8ヘクタール)。所有する独立行政法人・中小企業基盤整備機構北海道支部は07年度から、販売価格を9割引きにし、1平方メートル当たり214〜301円とするセールを始めた。企業関係者が「小遣いで買える」と驚く激安価格だ。

 しかし、既存の進出企業が拡張を決めたほか、別の1社が土地を購入しただけで、約5割は売れ残ったままだ。「工業団地の分譲は、景気悪化でどこの地域も厳しい。企業から問い合わせはあるが、契約までは結びつかない」。支部の担当者は顔をしかめる。

 ◇「花畑牧場」効果も薄く

 夕張では09年4月、生キャラメルがヒットした「花畑牧場」(田中義剛社長)が進出。今年10月には漢方薬メーカー「ツムラ」の加工・保管場が完成予定になっているが、衰退の歯止めにはなっていない。2月1日現在の人口は1万1328人。破綻後の3年間で約1000人が減った。25年までに約7300人に減少すると試算されている。

 マチ衰退に危機感を抱く夕張商工会議所は08年6月、産廃や放射性廃棄物処分場、カジノ、陸自演習場などの誘致を市に提言。藤倉肇市長は否定的な見解を示しているものの、商議所はカジノ誘致には可能性があるとみている。小網敏男専務理事は「迷惑施設と言われるものでも『起死回生』に必要だと考えた」。

 産廃処分場は、メロン農家の廃ビニールや、工事現場から出る金属、ガラス、コンクリートなどを同市紅葉山に処分する計画。藤倉市長は当初、建設の許認可権を持つ道に条件付き賛成の意見書を提出したものの、市民団体の反対活動などを受けて異例の再意見書を出し、反対に転じた。市は「安全性を考えた判断」と説明する。

 「企業や国に『おんぶに抱っこ』の姿勢では、企業誘致もうまくいかず、人口流出も止まらない。農家のおれたちには作物があるから夕張を捨てられないけど、(農家以外の人が)マチを離れる流れはなかなか変わらないんじゃないか」。40代の農業男性はつぶやいた。322億円の赤字を17年間で返済することを目指す財政再生計画案。計画達成の道のりは遠い。

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2010年03月02日

三重交通伊勢営業所

三重交通伊勢営業所三重交通伊勢営業所(みえこうつういせえいぎょうしょ)及び三重交通南部観光営業所(みえこうつうなんぶかんこうえいぎょうしょ)は三重県伊勢市にある三重交通の営業所。神久車庫とも呼ばれる。伊勢市・鳥羽市と度会郡玉城町・度会町・南伊勢町を管内に持つ。沿革1944年(昭和19年)に三重交通が会社合併により発足した際、宇治山田市岩渕町にあった神都交通本社を宇治山田支社とした。その後、改称や移転を繰り返し、現在地(伊勢市神田久志本町)に伊勢営業所が移転したのは、1973年(昭和48年)のことである。1944年(昭和19年)2月11日:宇治山田市岩渕町に三重交通宇治山田支社として発足。1945年(昭和20年)10月22日:宇治山田現業事務所に改称。1949年(昭和24年)3月10日:宇治山田営業所に改称。1949年(昭和24年)12月10日:観光案内所を宇治山田市に設置。1951年(昭和26年)6月16日:南部現業所に改称。1953年(昭和28年)8月31日:南部現業所の乗用自動車部門を分離、三交タクシー(後の三交タクシー南部)を設立。1954年(昭和29年)6月1日:南部営業所に改称。1956年(昭和31年)5月1日:南部営業所を山田駅前に新築した三交会館に移転。1959年(昭和34年)6月1日:南部支社に改称。1959年(昭和34年)9月26日:伊勢湾台風により全線が不通となる。1960年(昭和35年)12月5日:南部支社の下に伊勢営業所、伊勢貸切営業所等を新設。1962年(昭和37年)1月18日:二見バスターミナルを新築。1963年(昭和38年)2月1日:伊勢貸切営業所を伊勢観光バス営業所に改称。1965年(昭和40年)4月1日:南部支社を伊勢地方営業部に改称。1967年(昭和42年)9月1日:伊勢地方営業部を廃止し、伊勢営業所と伊勢観光バス営業所を本社直轄とする。1968年(昭和43年)11月1日:伊勢営業所を宇治山田駅横の仮事務所に移転。1969年(昭和44年)11月28日:伊勢市駅前に伊勢ターミナルビルを新築。1971年(昭和46年)4月13日:鳥羽バスターミナルを新築。1972年(昭和47年)9月30日:内宮前バス待合所を新築。1973年(昭和48年)5月30日:伊勢営業所を伊勢市神田久志本町に新築。1973年(昭和48年)11月10日:伊勢観光バ

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2010年03月01日

<1票の格差>東京高裁判決 「違憲」明言なしに原告不満も(毎日新聞)

 大阪、広島両高裁に続き、衆院選での2倍超の「1票の格差」を不平等と認定しながら、「違憲」と明言しなかった24日の東京高裁判決。原告の弁護士グループは「ごまかされたようだ」と不満を漏らした。1960年代から国政選挙の格差是正を求める訴訟を主導してきた越山(こしやま)康弁護士が昨年11月に他界し、「弟子たち」が遺志を継いで判決を迎えた。ただし、「東京が違憲状態としたことは相当重い」と評価する声も出た。

 判決後に記者会見した原告の山口邦明弁護士は「1人別枠方式は、ずっとおかしいと主張し続けてきた。過去に最高裁でも『違憲』とする意見が出ているのに、是正の合理的期間が経過していないと言われても納得がいかない」と語気を強めた。

 一方、2高裁に続き不平等を認めた点には「裁判員制度の導入や政権交代で、裁判所の意識も少し変わってきたのではないか」と語り、笑みもこぼれた。

 山口弁護士は64年、越山弁護士が当時、司法試験の受験生向けに開いていた「越山ゼミ」に参加した。「1票の格差」訴訟のパイオニアの下、72年の衆院選を巡る訴訟に初めて加わり、最初の最高裁違憲判決(76年)を勝ち取った。以後、師匠を支えながら、衆院選や参院選の度に訴訟を起こしてきた。

 お互い好きな酒を酌み交わす時も、選挙訴訟のことしか話さなかったという。山口弁護士は今も時折、「『愚公山を移す』ような誰もやらない、ばかげた訴訟だが、山が移るまであきらめない」と語った亡き恩師の言葉を思い出す。

 この訴訟には「日本の民主主義がいつ世界レベルに追いつくか、検証し続ける歴史的意義がある」と考えている。「私も越山先生と同じ頑固者。火を絶やすわけにはいかない」と決意を新たにしていた。【伊藤一郎】

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posted by オオオカ タダヨシ at 13:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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